―景気回復に向けた「期待」とインフレに対する「懸念」の狭間で揺れ動く市場―
●2日間で日経平均1600円強の暴落
12日の東京株式市場では日経平均株価が前日比461円安の2万8147円と大幅続落となった。終盤下げ渋ったとはいえ下げ幅は一時700円を上回り、2万8000円台を一気に割り込む場面に遭遇するなど波乱相場の様相を呈した。
もっとも波乱相場はきょう始まったわけではない。前日(11日)に東京市場ではハイテク株中心に売りがかさむ展開となり、日経平均は900円あまりの急落をみせていた。2日間で最大1600円強の下げをみせたことになる。特に11日は、TOPIXが前引け時点で1.98%の下落をみせていたにもかかわらず、日銀のETF買いが発動されなかったことが市場関係者の間でも驚きをもって受けとめられた。そうした伏線が市場のセンチメントを想定以上に悪化させた部分もある。
●ダウ最高値街道で強気醸成からの暗転
さかのぼって週明け10日は買い優勢の地合いでザラ場2万9600円台まで歩を進めていた。新型コロナウイルス感染者数の拡大などを警戒して上値は重いものの、どちらかといえば上げ潮ムードであった。週明け前に一部メディアが実施していた識者アンケートでも「セル・イン・メイ」はないとする見方が大半を占めていた。ところが、相場は天邪鬼(あまのじゃく)である。NYダウが連日最高値更新と気を吐く米国株市場の恩恵にあやかり、今週は3万円大台乗せかと思われた矢先のフラッシュクラッシュで、あっという間に2万9000円台を大きく割り込む展開。3万円ラインとは逆の方向で大台を替える羽目となった。
人心が紡ぎ出す欲望、それは相場の活力を生み出す源泉ではあるが時にネガティブな方向に大きく作用することもある。人間の欲望は時にユーフォリア(陶酔状態)を生み出し、株価を想定外の高みに誘導する一方で、ひとたび流れが変わると一瞬にして豹変し、恐怖の深淵へと足を引きずり込む。今回の大荒れ相場も、新型コロナがもたらした超金融相場崩壊の序章ではないかという負の思惑が投資家の脳裏をよぎったことは想像に難くない。
●FRBは緩和継続姿勢を堅持するが…
これまで上昇相場の拠りどころとなっていた、ワクチン普及による新型コロナ克服が景気回復を加速させ、企業業績を拡大させるというコンセンサスに最近は変化が生じていた。株式市場は米長期金利の上昇に過剰なほどに神経質となっていたことがその証左だ。景気回復をベースとした業績相場の道筋が見えてくれば、マーケットは長期金利の上昇を冷静に受け入れられたかもしれないが、実際は商品市況の高騰で素材価格が上昇し、川上からインフレ圧力が波及するというシナリオが色濃くなり、FRBをはじめとする世界の中央銀行が引き締めに動かざるを得ないという見方が、現在の株式市場をカオスに陥れている。
FRBのパウエル議長は、仮にCPI(消費者物価指数)などの指標が高い数値を示しても、それは政策効果による一過性のものであり、金融緩和政策の変更を促すものではないという姿勢を一貫させている。しかし、市場関係者によると既にマーケットでそれは全く信頼されていないという。そうしたなか、既に素材価格の影響を反映しやすいPPI(生産者物価指数)は上昇が顕著で、中国では4月のPPIが前年比6.8%上昇と高水準で事前コンセンサス(6.5%)も上回った。市場関係者によると「日本時間今晩午後9時半に発表予定の4月の米CPIへの注目度が極めて高く今の相場にとって鬼門となる。これが仮に事前予測中央値の3.6%を上回ってくるようだと、インフレ懸念が一気に高まりハイテク株売りに拍車がかかる可能性がある」(国内ネット証券アナリスト)と警戒感を隠さない。
●加権指数の急落はハイテク相場終焉暗示か
そして、今晩の米CPI発表を前門の虎とすれば、後門の狼となるのが13日発表予定の4月の米PPIだ。「ここでは5.9%が予想されているが、6%台に乗せてくるようだとたとえCPIの結果がヤレヤレだったとしても、改めてインフレ懸念からの株売りに発展しかねない」(同)という見方を示している。いずれにしても、米国も中国も現時点でのPPIが6~7%というかなり高い水準にあることで、これがCPIにも影響を及ぼすのは自明であろう。今後も含めFRBを筆頭とする主要国中央銀行の金融緩和策の転換を示唆する要注意水域に入っていることは確かなようだ。
加えて、きょうはハイテク株の宝庫である台湾株市場の急落がマーケットの不安心理を煽った。後場寄りに東京エレクトロン <8035> やアドバンテスト <6857> 、SUMCO <3436> といった半導体関連主力株の株価がフリーフォール状態でガクンと水準を切り下げたが、これは台湾・加権指数が一時8%超の下落をみせるなど波乱展開となったことが引き金となった。半導体受託生産世界トップのTSMCや電子機器製造大手の鴻海が売り込まれ全体相場を激しく揺さぶった。台湾市場の急落の背景には新型コロナのクラスター発生が嫌気された部分もあるが、「TSMCなどについては米長期金利上昇によるハイテク株売りの流れが波及している面が大きい」(外資系証券ストラテジスト)という指摘があった。
●相場の自律神経は失われていない
もっとも、今の地合いが総弱気に傾いているかといえば決してそういうことでもない。市場関係者のなかには「ここは買い場だ。企業のファンダメンタルズは回復傾向が続いており、短期的な動きに狼狽する必要はない。ここでの下げは短期的なふるい落としであると考えている」(中堅証券調査部長)という見方もある。前日に大手外資系証券が日経平均とTOPIX先物を大きく売り建てていたという観測もあり、日銀のETF砲不発との絡みを考えるのは穿ち(うがち)過ぎかもしれないが、「買い戻しを想定して主力株のリバウンドを見込んだ個人投資家の突っ込み買いも活発だった」(中堅証券営業部)という。
実際、相場の自律神経が失われているわけではないようだ。個別ではトヨタ自動車 <7203> が2%以上の株価上昇をみせたことは安心材料だ。全体相場の急落に掻き消された部分はあったが、きょうの同社の決算発表は後場取引時間中の発表ということもあって、元来マーケットの視線が集中するビッグイベントといってもよかった。午後1時半前に発表された同社の21年3月期決算発表では最終利益が前の期比10%増の2兆2452億円と2ケタ成長を達成し、22年3月期についても前期比2%増の2兆3000億円と小幅ながら増益を確保する見通しを示した。また、同時に株式分割や自社株買いも発表しており、嵐の地合いにあってもこれらを素直に評価する買いが流入したことは、今後の全体相場をみるうえでも一つの拠りどころとなりそうだ。
果たして、ここ連日の急落相場が崩壊の入り口を意味するのか、それとも年後半相場に向けた上昇一服場面に過ぎず、絶好の買い場提供となっているのか。現時点では市場関係者の間でも意見が真っ二つに割れている。いずれにしても決算発表シーズン通過後の5月第3週(17~21日)の相場が、その答えを指し示す可能性は高い。
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