競争市場の成り行きを経済学者たちは本当に見通すことができないのだろうか(写真:kuppa_rock/iStock)
資本主義は、いいことだけを私たちにもたらすわけではない。資本主義には、詐欺やだましを生んでしまう内在的なメカニズムがある――。
2人のノーベル経済学賞受賞者が、経済学者が言わない本当のことを述べた衝撃の書が『不道徳な見えざる手』だ。本書の内容を抜粋・編集してお届けする。
市場への賞賛が行きすぎないようにしよう
ほとんどの国は自由市場に対する敬意を学び、ほとんどの場合それは適切なことだ。自由市場は高い生活水準をもたらす。経済学により、競争市場が「効率的」だということを学ぶ。というのもかなり緩い仮定のもとでも、均衡ではある人物の厚生の改善は、他人を犠牲にしないとできないことが示されたからだ。
要するに、経済学は通常、自由な競争市場が「うまく」機能している状態を記述する――。もっともそこには、「外部性」や「不公平」な所得分配の問題を解決するための介入が必要だが、これは適切な税金や補助金を通じた最小限の介入で実現できる。
私たちは、人々や市場について、それと違った――そしてもっと一般化した――見方をする。その見方は本書で一貫している。私たちは、自由市場の優れた点について経済学の教科書に刃向かうつもりはない。
でも、市場への賞賛が行きすぎないようにしよう。あらゆる適切な前提がすべて本当に整合していれば、市場はかなりうまく(教科書で述べるとおり)機能するかもしれない。
でもだれにでも弱点はあるし、だれでもしばしば、手持ちの情報は完全でなかったりする。そしてしばしば、人々は自分が本当に何を求めているのか、なかなかわからなかったりする。
ジョージ・A・アカロフ/ジョージタウン大学教授。2001年ノーベル経済学賞受賞。著書に『アニマルスピリット』(シラーとの共著)、『アイデンティティ経済学』(レイチェル・クラントンとの共著)など(写真:Peg Skorpinski)
こうした人間的な弱みの副産物として、人々はだまされる。それが人間というものかもしれないけれど、でもそれは経済学講義に登場する様式化された人間もどきとは違う。そして人々が完全ではないなら、こうした競争的な自由市場は、単に人々が求め欲しがるものを供給するための競技場にとどまらないものとなる。
そこはまた、カモ釣りの競技場ともなるのだ。それは釣り均衡につかまることになる(つまり誰かを犠牲にして利益を得られる機会があるなら、その機会は見逃されずに活かされてしまうのだ)。
この視点の違いを示すものが、親切な友人や同僚との長々しい熱っぽい会話に見られた。かれは本書のプレゼンテーションに耳を貸そうと言ってくれた。そしてすぐに、本書の質問にやってきた。どんな経済学者も理解できていなかったようなことが、この本にはあるのか?と。
私たちは、人々に弱点があるとき、つまり市場が効率的でないときの市場の役割を検討しているのだと説明した。そして弱点を持つ人々は、潜在的には、だまされ、ごまかされかねないと。かれは「病理学」を標準経済学に混ぜるのは間違っていると述べた。
でも現在の経済学に比べたとき、それがまさに本書の根本的な論点なのだ。私たちは――教科書の中や、ほとんどあらゆる経済学者の標準的な心構えのように――市場の健全な(つまり「効率的」な)働きだけを描くのは間違っており、経済的病理学は、単に外部性や所得分配のせいだけであるかのように描くのはよくないと考えている。
私たちは、経済はこの標準的な見方よりもっと複雑だと思っている――そしてもっと面白いと思っている。さらに私たちが思っているのは、この思想の分割(健全なものと病理的なもの)が単にいい加減でお門違いだというだけでなく、極めて悪影響をもたらすということだ。
経済学者の市場理解には問題がある
なぜか? その理由は、そうすることで現代経済学が内在的に、欺瞞と詐術を扱うのに失敗するからだ。人々の単細胞ぶりとだまされやすさは、見て見ぬふりをされている。
2015年時点の経済学者たちは、2008年の世界金融危機を振り返っている。そして私たちの少なくとも一部は、「どうしてなんだ?」という質問をしている。これは金融崩壊そのものがなぜ起こったかを尋ねているだけではない。それなら今や一般的な形で理解されている。
でもそれに加えて、私たち経済学者は自分自身をも省みている。なぜ私たちの中で危機を予測できた人間がこんなにも少なかったのかを不思議に思っているのだ。何が起こるかを予見した経済学者がこれほど少なかったというのは、実に驚異的なことだ。グーグルスカラーには、ファイナンスと経済学に関する論文や書籍が225万件ほど挙がっている。
これはサルとしての経済学者たちがランダムにキーボードをたたいて『ハムレット』を創り上げてしまうには不十分かもしれないけれど、カントリーワイド、ワシントン・ミューチュアル、インディマック、リーマン・ブラザーズなど、実に多くの企業が極めて短期間に炎上して崩壊すると述べる論文がそれなりに出現するには十分なはずだ。
不動産担保ローン証券やクレジット・デフォルト・スワップにおけるかれらのポジションがもろいものだというのはわかっていたはずだ。当時の私たちは、ユーロの将来的な脆弱性もまた予想できていたはずだ。
ロバート・J・シラー/イェール大学スターリング経済学教授。2013年ノーベル経済学賞受賞。著書に『アニマルスピリット』(アカロフとの共著)、『それでも金融はすばらしい』『投機バブル 根拠なき熱狂』『新しい金融秩序』『バブルの正しい防ぎかた』など(写真:Michael Marsland)
私たちはこの巨大な欠落が、経済学者たち(ファイナンス畑の人々も含む)が市場の働きにおけるごまかしと詐術の役割を系統的に無視するか過小評価していることを物語っているのだと考える。私たちはすでに、なぜそれがこれほど無視されてきたかという単純な理由を指摘している。
経済学者たちの市場理解が、系統的にそれを排除しているからだ。
その病理は、私たちの友人が明らかにしてくれたように、主に「外部性」によるものだと見られている。でもそれは競争市場が、まさにその性質そのものにより詐術とごまかしを生み出すことを見損ねている。それは、繁栄を与えてくれるのとまったく同じ利潤動機の結果として生じるものだ。
私たち経済学者が自由市場を正しく諸刃の剣として見ていたら、ほぼ間違いなく金融デリバティブや担保ローン証券や国家債務がひどい結果をもたらす方法も検討していたはずだ。そして警鐘を鳴らした経済学者も数人ではすまなかったはずだ。
カモ釣りとがんの類似性
『病の皇帝「がん」に挑む』(邦訳:早川書房)で、がん研究者兼医師のシッダールタ・ムカジーはがんの分析と治療に見られた似たような間違いを描いている。経済学者のことばを使うと、この例えでは「外部性」によると見てもいい病気がある。
こうした病気の起源はバクテリアやウイルスだ。ほとんどの場合には、かなり単純な治療法がある。身体の異質な侵略者を殺すような薬やワクチンを発見するだけでいい。外部性アナロジーで言えば、経済学では「病気」は風下にいる人々への被害だ。治療は喫煙課税だ。
でもムカジーによれば、がんはそういうものではない。それはウイルスやバクテリアのような外部からの侵略者により引き起こされるのではない。それはむしろ、私たち自身の健康な生理とまったく同じ自然の力により引き起こされる。ちょうど私たち自身の健康細胞が攻撃に対する強い防衛力を持っているように、突然変異も同じように独自の防衛機構を持つ。
問題は肉体の防衛力が十分にうまく機能しないということではない。悪性腫瘍の場合、こうした防衛機構があまりにうまく機能しすぎるのだ。悪性のがん細胞は、攻撃にあまりに耐性がありすぎる。死ぬのを拒否するのだ。がんの性質は、こうした突然変異に対して私たち自身の無害な生理機構が拡張されていることにある。
これはカモ釣りにとって、そのものズバリのアナロジーになる。カモ釣りは、万人が洗練されているとされる市場の無害な作用を、一部の人だけが単細胞であるような市場に拡張して当てはめることから生じるのだ。
カモ釣りは市場経済に内在している
1970年代に、がんに対する戦争の支持者たちは「がんの征服についての国民的取り組み」を求めてロビーイングし、それを成功させた。1971年、国家がん法成立により、がん研究に対する連邦リソースは大幅に増えた。こうした予算増強は決して悪いことではないと思うかもしれない。でも面白いことに、ムカジーはこの「戦争」が間違いだと見ている。
それがお手軽で手っ取り早い治療を探そうとしたせいで、問題が矮小化されてしまった。お手軽で手っ取り早い治療法が見つかるのは、がんにウイルスなどの単純な根本原因がある場合だけだ。でもがんの原因についてのこうした単純すぎる見方は、その根本的な性質の発見から関心をそらしてしまった。
がんによる死亡の大幅な削減が実現したのは、それがもっとよく理解された後の話だった。がんは突然変異の結果であり、その防衛能力は、肉体自身の健康な防衛機構の拡張だと判明したのだ。
私たちは、市場についての経済学者たちの見方も似たような過剰な単純化をしていると主張している。経済的な病理が「外部性」にすぎないふりをするのは、標準的な経済学かもしれない。
でも自由市場が多種多様なカモ釣りを宿せるのは外部性ではない。それはむしろ競争市場の仕組みに内在するものだ。そして万人が完全に合理的なら健全で無害な経済をもたらすのと同じ利潤動機が、カモ釣りという経済的病理をもたらしてしまうのだ。
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